格差問題の解消が戦争を回避する 日本社会の荒廃と格差問題

世界は今ますます貧富の差、教育の差で二極化してしまっています。
この格差が憎しみを生み、衝突を招くのですがそれは日本も同じです。


今日は日本国内の格差問題について考えてみましょう。


一億総中流と呼ばれた時代はもう遠い過去です。
平成生まれの私の息子、娘世代はもう完全に格差社会の中で育ちました。


TVをつければまだグルメ番組や、有名人のセレブ生活をリポートする番組が多いですが、それが楽しいとか、かっこいいとは私は全く思えません。
むしろこんなに高齢者や若い世代、そしてこれから語る普通の世帯でも困窮しているのにそんな生活を普通にできるなんてその当事者たちは何て愚か者なんだろうと痛感するような番組として映ります。


そんな生活をするくらいなら税金や社会保険費用をまともに払いしかるべきところに寄付をし世の中を改善するために尽力すべきです。


いや若い世代や高齢者、ハンデのある者のような社会的弱者だけでなく今日さらに焦点を当てたいのは普通に教育を受けて普通に会社勤めをしている人でも今の社会、貧困が大きな問題となっていることです。


その実態は調査するほど深刻で年収300万円に満たない世帯が全体の40%弱、300万円台を含めても全体のほぼ半分強となることです。
子供もいる世帯ですとその収入では生活が大変苦しいはずです。


ではどのようにして彼らは生活してるのでしょう。
現実には調査すると裏の実態があり、申告されていない収入が浮かび上がってきます。


まず日本には世代間格差がありすぎます。
富のほとんどを高齢者が独占してしまっていて溜め込んで経済循環させていません。
高齢者も必死になって無駄遣いをしないようにしています。
そこに目をつけたのがオレオレ詐欺です。
さらに高度化して多少経済の仕組みがわかるものには株式や社債、外貨などの取引詐欺を仕掛けるようになりました。
彼らにはこの社会富めるものから取ってどこが悪い的な感覚なのでしょう、
これらの状況は撲滅を訴え、自治体やボランティア団体が尽力していますが手を変え品をかえじゃないですが、手段が巧妙になるだけで無くなることは難しいでしょう。


女性側に目を向けるともっと悲惨な世界が展開しています。
今や普通の大学生、主婦などが気軽に売春している実態です。
頭の良い女性ほど若い時から決断し自分を高く売っているのです。
2000年代前半からこの業界は性産業に明るいイメージを吹き込むことに成功しました。
いろいろなタイプの店舗が出て、非接触などを歌い女性側の参入を入りやすいものに変えたのです。しかしそこは最初のイメージだけで実態はズルズルと結局は行くとこまで行ってしまいます。


特に学歴や才能も持たず、結婚もしていない女性は結局は性風俗に流れるしかなく、それが生活の拠り所となってしまっています。
なぜ彼女たちはそこまでして売春するのでしょうか?
調査してみると、やはり生活費の不足、学生時代の奨学金の支払い、親の介護や病気のための支出など必ずしも贅沢品の購入や身丈に合わない生活が原因ではないのです。


そのような実態ではありますがさらに悲惨なのはむしろ、そうやってでもなんとか彼女達には生活のために逃げる道があったのですが、そして男性側にも地元のそういう女性をその業界に引き込み紹介する仕事をしているスカウトマンがいたのですが、行政がいたずらに規制を強化してガサ入れなどするとそのような業界も縮小してゆき、彼、彼女達の最低限の生きる道すら閉ざされていくということです。
もはや身を売ることもできないとなったらどのように生活していけばよいのでしょう?


今豊かなように見えるこの日本社会、実態はとんでもないところまで追い込まれているということです。
そしてそれを取材するマスコミ側も大手だと取材する人間も十分な教育を受けて豊かな両親に育てられたエリートですからなかなか実態を正確に把握することはできませんし、理解すらできません。
彼らはエリート同士で結論を出してしまい、偉そうなことを言っててもその社会の深部まで踏み込めないのです。
マスコミだけではありません。


日本はまだ銃刀法がありますから社会生活の底辺層が反乱を起こす手段が限られています。
銃社会の米国や他の国では格差間での殺し合いが始まっています。
政治家や官僚も今やおぼっちゃま、お嬢様たちですからこれらの問題への手のつけ方がわかりません。


あらゆる産業につくエリートたちは今、自らの向上、保身、昇進に夢中なのかもしれませんが、そうでなく、社会の底辺に目をむけ彼らの気持ちになって考え、救うというような上から目線の立場で接するのではなく同じ立場で生活の向上を考え、この社会を変えていかなければいけないと思うのです。彼、彼女の努力が足りないんだから当然の成り行きだとか、頭が悪かったんだから仕方ないだろう的な考えではいけないのです。


そしてそのような活動が貧困問題を解決し、お互いの憎しみを解消し、冒頭に述べた大きな意味での戦争の回避につながっていくのではないかと思うのです。