がんばった者が救われる?

所得の移転が国を通じて広く一般からさらに強い者へと移転してる。


国は為替介入という手段を通じて自動車産業、電機産業などを助けている。
1円為替レートが違っただけで自動車産業などは100億円規模で利益が変わる。
よってこれは直接円安メリットを受ける会社に補助金を出しているのと同じなのだ。


特定の産業を、会社を、政府が返済の必要のない補助金で救済すると国民への平等が保てないだけでなく、非難轟々なので、為替を利用して、調整して、その者達を助ける。

つまり広く一般から集めた税金をある特定の会社へ移転しているということになる。
またその補助金を受けた会社の経営者は、従業員の生活安定のために給料アップや、福利厚生のアップに使えば、まだいいが、それを自分たち経営者の懐を温めたり、株主へ還元したりすればさらに強者へ資金を移転していることになるのだ。

つまり消費税などを上げても、所得はさらに強い者へと移転していくだけなのである。


全くもっておかしいのである。


本当だったら、その産業に従事している者も、税金アップを反対することなどできないのかもしれない。
なぜならそれが健全な経営者で従業員へ移動されるなら税金アップの恩恵をうけているわけだから。

本来税は国民に広く平等でなければならないはずなのに、愚かなる統治者のためにここまで歪んでしまった。


そして最終的にはドルを買うことにより米国に貢いでいるわけである。



話変わって、今銀行は、リスクを全くとらない。


貸し倒れを恐れて、それこそ前回お話した、トリプルAの企業にしか、お金を貸さない。
つまり闇の組織の傘下の優良企業のみにしか貸さないのである。

昔のように、成長期のように中小企業を援助し、縁の下から支えようという精神などは微塵もなくなった。
融資の依頼を受けても会社に持って帰って、基準に照らし合わせ、それがオールクリアでなければ首を縦にふらない。

楽なのである。

融資担当者は仕事もないので遊んでいるのだ。なぜならどうせ審査は通らないのだから。
リスクを自分で背負う必要性などまったくない。

それで高給をむしり取るのである。

銀行は合併に次ぐ合併で数が少なくなり、皆金太郎あめのようになり、同じ反応しかしなくなった。
もう昔のように個性はないのである。



がんばった者が報われる、というが、何に対してがんばれば報われるのか、
結局自分の所得を上げるためにがんばった者が報われるのか?
それはこの例でいうならば融資を受けたい産業や、復興をねがう産業に、がんばって審査を早くして基準と照らし合わせ、それがクリアしていない部分を発見し、丁重にお断りすること(本人はその結果を出すのに夜も寝ずに頑張ったかもしれない)ががんばった形なのである。
失敗しなかったので自分の評価を下げることなくのりきったのであります。


どうお感じになりましたか、


つまり「がんばった者が救われる」、という考え方は破綻しているのであります。
もっと詳しく、本当に社会に貢献できるがんばりを行った者だけが救われるという、複雑な表現、内容でなければならないのです。
そしてその意味は、単純でないので本当、勉強しなければならないのであります。
単純にそのように叫んでいるものは事の本質を見極めていない愚か者になってしまうんです。